紀国の考える「金融ユニバーサルデザイン」および意見交流のための試案「金融ユニバーサルデザイン原則」は、次のようになります。
このテーマにご関心があれば、ご自由にご参加ください。
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ユニバーサルデザイン思想
ユニバーサルデザイン(Universal Design)とは、わたしたちが日常的に使っている道具類や各種の家電製品、その他多くの工業製品などの物づくりや、住宅、建物、道路、交通機関、駅などの街づくりに際して、高齢者や障がいのある人もふくめ、すべての人々が快適に利用できるようにしていこう、という思想や考え方です。
このような思想を最初に提案したのは、アメリカのノースカロライナ州立大学教授で建築家でもあった故ロナルド・メイス(Ronald Mais)氏です。彼はポリオによる後遺症で車椅子を使用していた障がい者でした。
メイス氏は、1970年代中頃、障がい者の立場から全米基準協会の基準改訂作業やノースカロライナ州の建築基準策定にかかわっていたときに、このような思想を思いついたといわれています。
車いすのマークのついたトイレは障がい者専用のものですが、ベビーカーを使っている人や手押し車の人などにも恩恵をもたらすことに気づいたのです。
そして1985年に『デザイナーズ・ウエスト』という雑誌に「Universal Design」と題した一文を掲載しました。これが「ユニバーサルデザイン」という概念が、世に誕生した最初であるといわれています。彼はノースカロライナ州立大学のユニバーサルデザインセンター(NC
State University,The Center for Universal Design)のセンター長を務め、そこを中心として広く活躍していましたが、惜しくも1998年に急逝されました。
ユニバーサルデザインの基本思想は次のように定義されています。
「製品および環境のデザインは、改造や特別のデザインを必要とすることなく、最大限可能な限り、すべての人々が利用できるものであること。」
この定義で、「改造を必要とすることなく」という言葉は、いわゆる「バリアフリー」とは違うことを言い表したものです。いろんな運動能力や知覚機能が衰えている高齢者や障がい者は、生活を送る上でさまざまな困難や障がいに直面します。このような障壁(バリアー)を一つ一つ取り除いていこうというのがバリアフリーです。ところがユニバーサルデザインは、そのような追加費用が高くなる事後的対応策ではなく、設計や開発段階からあらかじめそのような障壁が無いように取りはからっていこうという、考え方なのです。
この定義にある「特別のデザインを必要とすることなく」という文言は、いろんな障がい者向けの特別仕様の道具、製品、設備で対応するものではないことを示しています。これだと費用もかかり高価なものになり、一部の人しか利用できなくなるからです。それよりも、設計や開発段階ですべての人が利用できるようにすれば、社会的な費用も安くなり、一般的な普及が可能になるのです。
したがって、誤解されていることが多いですが、ユニバーサルデザインは、高齢者や障がい者のための特別デザインを目指すのではなく、「みんなのためのデザイン(Design for All)」を目標においたものなのです。
ある時点で現実に存在している人間は決して一様ではありません。年齢・性別・人種などの多様性、感覚機能・運動機能・筋肉の強さ・体格などの肉体的機能の多様性、知覚能力・認知能力・判断能力・理解能力などの精神的機能の多様性、性格・資質・嗜好などの先天的な多様性、経験・学歴・社会生活体験などの後天的な多様性等の、多面的多様性があります。
これらのすべての人々が、それぞれの多面的多様性にかかわらず、快適に生活できるようにしようというのがユニバーサルデザインの基本です。どのような状況にあるどのような人であってもすべての人が、最大限可能なかぎり、利用対象物とその利用から利益と満足を得ることができるようにしよう、という思想なのです。
わたしは、これこそ公共財思想であると確信しました。
ノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターは、ユニバーサルデザインの定義と7原則を開発して公表しました。1995年に最初のものが明らかにされ、その後改訂されて1997年にVersion2が公表されました(The Center for Universal Design (1997). The Principles of Universal Design, Version 2.0)。センターのホームページによれば、この開発には、建築家、工業デザイナー、エンジニア、技術者、環境デザイン研究者などからなるグループが作業チームをつくって協力したといいます。わたしが使用したのはこの改訂版のVersion2です。
金融ユニバーサルデザイン思想
紀国は、このユニバーサルデザインが公共財思想であるなら、公共財である金融にも応用すべきだと考えました。これが金融ユニバーサルデザインです。
金融ユニバーサルデザインは、誰もが利用する公共財である金融を、どのような状況にあるどのような人でも快適に利用でき、社会の持続的幸福に貢献できるようにする金融設計思想であり、金融の管理・運営・利用原則でもあります。
また金融ユニバーサルデザインは、どのような状況にあるどのような人にとっても、「知りえる金融」、「みえる金融」、「わかる金融」であることの金融設計思想です。
では、どのように金融ユニバーサルデザインの内容を具体化すればいいのでしょうか。
紀国は、ノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターが開発したユニバーサルデザインの定義と7原則“The Center for Universal
Design (1997). The Principles of Universal Design, Version 2.0”を参考にして、それを金融に応用すれば、金融ユニバーサルデザインを構想できるのではないかと考えました。
しかしその内容の検討には、この趣旨に賛同される多くの方々から、率直なご意見と知恵を頂いた方が、優れた金融ユニバーサルデザイン原則を策定できると思いました。
そこで、紀国は、ノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターが開発したユニバーサルデザインの定義と7原則を、機械的に金融に当てはめた金融ユニバーサルデザインの試案を、試みに作成してみました。
これはあくまで検討のための試案であって、これから広く率直な議論をしていただくための素材です。
ノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターが開発したユニバーサルデザイン原則は、各分野の専門家がかかわって作成した優れたものですが、どうしてもハードウェアー(有形物の利用)が中心になっているように、私には思えます。実際にアメリカには、ハードウェアーに偏っている、と率直に批判するコミュニティデザインの専門家もいます。
ソフトウェアーが中心であるユニバーサルデザインであるためには、さらに金融固有の内容が盛り込まれたユニバーサルデザインになるためには、どこを削除して、どのようなことを付け加える必要があるでしょうか。
以下、紀国の責任において金融に応用して作成した検討試案の紹介と説明です。
なお、ノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターは、ホームページにおいて、定義と原則の応用は自由であるが、次の文言を明らかにするよう求めています。「The
Center for Universal Designは定義と原則についてのみ責任をもち、それ以外の応用や適用について責任を負うものではない」(Guidelines
for Use of the Principles of Universal Design January 29, 1999 / Revised
September 9, 2002の指示5の注記)。
金融ユニバーサルデザイン検討試案
(以下、「金融ユニバーサルデザインの定義(試案)」、、「金融ユニバーサルデザイン7原則(試案)」、「金融ユニバーサルデザイン7原則簡略名(試案)」の順序で、検討素材を紹介していきます。
「定義」と「7原則」については、上から「原則名」「原則定義文」「ガイドライン」「紀国による説明」とならべました。「紀国による説明」は文字を小さくしました。)
(金融ユニバーサルデザイン定義:試案)
金融ユニバーサルデザイン(Universal Design in Financial World)の定義
「金融サービスおよび金融環境のデザインは、改造や特別のデザインを必要とすることなく、最大限可能な限り、すべての人々が利用できるものであること。」
「金融サービス」とは、金融に直接にかかわるサービス取引のすべてを総合的にふくむものとします。したがって中央銀行や様々な金融仲介機関などが提供する決済サービス、資金調達サービス、資産運用サービス、保険サービスなどのソフトウェアーサービスと、それを補助する金融仲介機関の装置、店舗、建物などのハードウェアーのことを表します。
「金融環境」とは、この直接の金融サービスの働きを総合的に支える、金融にかかわるソフトウェアーとハードウェアーのすべてを表すものとします。したがって金融行政サービス、金融情報提供サービス、金融教育サービスなどの間接的な金融サービスもふくみ、金融行政、金融制度、金融情報、金融教育などのソフトウェアーにかかわる環境とハードウェアー環境を総合的に表す意味で使用します。
また、当然に国際金融分野もふくまれます。つまり通貨の交換を伴う金融取引(いわゆる外貨建取引)や国境をこえた金融取引もこの適用対象となります。
金融ユニバーサルデザインの定義は、金融サービスと金融環境を、どのような状況にあるどのような人であってもすべての人が等しく金融を利用できるように、設計・企画・計画・開発・作成・供給・管理・運営する基本原則を表現したものです。金融における共同利用の基本原則であり、金融という公共財を設計・管理・運営する思想です。したがって金融に関係するすべての専門家の職務指針であり、金融行政関係者、金融仲介機関の経営者や従業員、金融研究者などの行為指針ともなり得るものです。
「すべての人々」とは、これまで繰り返し述べてきたように、多面的多様性をそなえた人々の集まり(集合体)という意味であり、金融によって直接・間接に利益や恩恵を得る人々の空間的な集まりであるとともに、世代をこえた集まりということです。
「改造や特別のデザインを必要とすることなく」とは、金融分野においても、事後的な改良や特別仕様を後から施すのでなく、あらかじめ上記の原則や思想に基づいて、金融サービスと金融環境を設計・企画・計画・開発することをいいます。
(金融ユニバーサルデザイン7原則:試案)
(以下、ユニバーサルデザイン7原則を金融ユニバーサルデザインに応用する方法について検討したものです。上から「原則名」、「原則定義文」、「ガイドライン」「紀国による説明」とならべました。)
原則1:金融利用は誰にでも公平であること。
(Equitable Use in Financial World)
「金融デザインは、多様な能力をそなえた人々すべてに有益なものであり、またその人々すべてが求めたくなるものであること。」
(ガイドライン)
①すべての金融利用者に対して同様の手段を提供すること。可能なときはいつでも同一であり、そうでないときもそれと同等のものであること。
②どのような金融利用者に対しても差別したり不愉快な気分にさせることのないこと。
③プライバシー、安心、安全はすべての金融利用者に均等に提供されるべきこと。
④すべての金融利用者に魅力あるデザインであること。
原則1は、金融利用にあたって、どのような状況にあるどのような人であってもすべての人が、いかなることでも差別されることなく、金融による利益や魅力などの恩恵を公平・平等に受けとることのできる原則です。「金融における公平性の原則」と名づけておきます。
「多様な能力をそなえた人々すべて」とは、感覚能力、知覚能力、認知能力、言語能力、判断能力、理解能力、学習能力、経験、知識、肉体能力、運動能力などの人間の精神的・肉体的能力の多面性のことを示す意味と、これらの多面的な能力のそれぞれが一様ではなく、多様な程度で存在していることを表しています。
「有益なものである」とは、金融デザインが、それらの個々人にとって持続的に利益や満足を与えるものであること(個別的有益性)と、わたしの公共性の定義にある社会や国際社会の持続的幸福に寄与するということ(社会的・国際的有益性)の両方の意味をふくむものとして取り扱います。
「求めたくなるもの」とは、金融デザインが個々人の多様なニーズや好み、要望に応えたものであることを示します。
ガイドラインは、「利用者」という用語を「金融利用者」と変更しただけですが、そのまま金融における公平原則の、日常生活レベルでのわかりやすい具体的指針として、通用すると思います。
②の差別したり不愉快な気分にさせないことや、③のプライバシーの保護(顧客情報の保護)は金融利用においても重要なことです。③の安心・安全の提供は、金融犯罪対策などの金融利用におけるセキュリティの安心・安全の提供という意味をもちます。④の魅力あるデザインとは、上述したように、金融デザインが個々人の多様なニーズや好み、要望に応えたものであることを重ねて示したものです。
金融利用における公平性原則に特有の具体的指針はどのようなものか、これからの検討課題です。
原則2:金融利用において柔軟性があること。
(Flexibility in Use in Financial World)
「金融デザインは、広い範囲で異なる個々人の好みや能力に適合するものであること。」
(ガイドライン)
①金融における利用方法の選択肢を提供すること。
②右利きあるいは左利きの利用機会と利用にも適合させること。
③金融利用者が正確にまた細かいところまで注意が行き届くよう導くこと。
④金融利用者のペースに合わせるようにすること。
原則2は、金融デザインが、金融利用者の間に広い範囲で存在する好みや能力などの多面的多様性に柔軟に対応できることと、そのさまざまな多面的多様性に適合できるものであることを求めた原則です。
「広い範囲で異なる個々人の好みや能力」の文言における「個々人の能力」については前述したことと同じ意味ですが、今回の原則には「個々人の好み(preferences)」が追加されています。「好み」とは、金融ユニバーサルデザインにおいては、趣味的要素からくる好みではなく、金融商品や金融サービスを選択する際の目的と意図、その選択動機とニーズのことを意味します。
「柔軟性がある」とは、金融利用者がそれぞれの多様な選択動機や意図に見合った金融商品や金融サービスそして金融機関を選択できるように、多様な選択肢が準備されており、自分に合ったあるいは自分の意図した金融商品や金融サービスそして金融機関を容易に選択できる状況にあることを示します。
「適合する」とは、多様な金融商品や金融サービスそして金融機関を自分の意思で自由に選択できること、そして実際に提供された金融商品や金融サービスが個々人の多様な目的、意図、ニーズと合致していること、さらに購入した金融商品や提供された金融サービスの利用から実際に満足を得られたことを表します。
適合性の原則は、後に述べる金融商品の勧誘・販売時点に限定されるものではなく、金融利用の選択時点、金融利用の契約時点、金融利用の開始時点、金融利用中そして利用完了後にもその検証に適用される原則です。
原則名では柔軟性について述べられ、定義文では適合性について語られており、柔軟性と適合性が補完し合う関係にあることが示されております。一般の有形商品においては、個々人の多様なニーズや目的に対応した多数の商品が存在すればするほど、多様な利用者個々人のそれぞれの満足度を向上させることができます。多様な商品が増大すれば、自分に合った商品や自分に適した商品を選択できる幅がより広がるからです。柔軟性は適合性を促進します。
しかし金融においては、そうならないし、実際にもなりませんでした。日本版金融ビックバンによる金融商品と金融参入の自由化で、多数の新しい金融商品が売り出されるようになり、金融商品の品揃えという点では柔軟性は進みました。しかしそれは、金融機関が儲けるために新しい金融商品を開発し、手数料稼ぎのために目新しいものを顧客に売りつけるための柔軟性でした。老後の資金や教育資金としての安定運用を求める顧客に外貨預金を組ませたり、定期預金の満期解約に来た顧客にリスクの高い投資信託や変額年金保険などを売りつけるような、金融機関の儲けと競争のための柔軟性であったのです。その結果、多大な金融被害者が出て、金融トラブルが頻発したのです。金融機関は顧客の利益のためではなく、自分の利益を最大限に考えて荒稼ぎしました。柔軟性は適合性を促進しませんでした。それどころか適合性を阻害したのです。
したがって金融においては、多様な選択肢が用意されているだけでは不十分で、①金融商品や金融サービスの仕組みやその意味することを誰もが実際にわかるようにすること、②その金融商品や金融サービスにふくまれているリスクを現実のものとして誰もがわかるようにすること、③誰もが容易にリスクを許容できる範囲にとどめることができるようにすること、この三つの条件が実現されないと適合性原則が満たされたということにはなりません。
適合性原則はこの三つの条件の実現を必要とするのですが、実は、次に述べる原則3、原則4、原則5は、この三つの条件の実現を求めた原則なのです。金融ユニバーサルデザイン原則においては、原則2と原則3、原則4、原則5は、一体不可分な関係にあるといえます。
金融においては、柔軟性よりも適合性の方がより重要であるので、原則2は、「金融における適合性の原則」と名づけておくことにします。
ガイドラインについては、「金融における利用」と「金融利用者」を付け加えただけですが、金融における柔軟性と適合性についてのガイドラインとなり得ると思います。
ガイドラインの①は、柔軟性についての具体的指針です。②の右利きと左利きについては、さまざまな金融装置の操作などの金融ハードウェアに適用される原則となりますが、右利き・左利きだけに限定されるものでいいのか、検討の余地があります。③と④は、適合性についてのわかりやすい指針であり、「注意が行き届くようにすること」、「金融利用者のペースに合わせること」は、金融利用における基本理念として重要なことです。
しかし金融利用の実際に即したもっと具体的なガイドラインが必要になると思いますが、これからの検討課題です。
原則3:金融は簡単にそして直感的に利用できること。
(Simple and Intuitive Use in Financial World)
「金融利用者の経験、知識、言語能力あるいはその時々の集中力のレベルにかかわりなく、金融の利用方法が容易に理解できるデザインであること。」
(ガイドライン)
①不必要な複雑さを避けること。
②金融利用者の予想や直感的理解に一致すること。
③広い範囲で異なる金融利用者の読み書き能力や言語能力に適合させること。
④情報をその重要度に基づいて配置すること。
⑤利用中および利用完了後も効果的な指示や事後確認を提供すること。
原則3は、金融利用にあたって、どのような状況にあるどのような人であっても、どう利用すればいいのかが直観的にすぐわかり、簡単に利用できるように金融サービスと金融環境を設計・管理・運営するという原則です。「金融における簡単性の原則」と名づけることにします。
金融利用者の経験、知識、言語能力などの多面的多様性を表す用語に加えて、「その時々の集中力のレベルにかかわりなく」という文言がさらに追加され、特別の注意力を必要としなくても、容易に理解できるものであることが求められています。
この「簡単性の原則」は、金融ソフトウェアーと金融ハードウェアーの双方に適用されるものですが、とりわけ金融ソフトウェアーにとって重要なものになります。なぜなら第1に、金融はソフトウェアーが中心で無形的性格の情報が主たる利用対象物であるからであり、第2に、現実の金融が、この「簡単性の原則」と相反する方向に進んできたし、現に進みつつあるからです。
金融は、特殊な業界の専門用語や業界の立場から考え出された専門用語が、そのまま一般に普及してきたからです。そのためか金融用語は難解であり、特殊な使い方をするものが多く、複雑で訳のわからないカタカナ表記の用語や概念も多いです。小さな文字で読みづらく、特殊な専門用語を使用した契約書や約款、難しいグラフや数式を並べたような説明書があふれかえっています。
金融制度の専門性もますます高度になり、金融法規や金融行政制度は複雑でわかりにくいものになっています。金融法規の条文は何度読んでも理解できない書き方であるし、難しい用語や概念がやたらと使われています。金融の研究者や学界も、社会の日常感覚とは異なる難しい用語や特殊な概念を使う傾向にあります。
日本版金融ビックバンの導入以降、金融商品もそして金融制度も複雑性を増しました。後からの継ぎはぎ的対応を重ねたため、金融法規や金融制度は、特殊な専門家でないと理解できないまでになっています。
デリバティブ(先物やオプションなどの金融派生取引)を組み込んだ仕組み預金や仕組み債とよばれる複雑な金融商品が、銀行の窓口で一般金融消費者の前に普通のように並ぶ時代になっています。金融広告や金融パンフレットにおいても、利点ばかりを大きく強調してリスクを小さな文字で隠したり、利益が大きいと誤認を誘うような文句がならんだり、複雑・難解な用語で説明してリスクを隠ぺいしたりするようなことも多発しました。
複雑な特約契約をつけた保険は、大量の不払いや未払い事件を引き起こし、保険に対する信頼を大きく失わせてしまいました。保険会社は、複雑な特約をつくっておきながら、契約者が特約の存在をわからずに、保険金を請求しないのを放置して、利益を得ていたのです。相手の無知や無理解に乗じて金儲けをすることは、米国のコモンロー(判例法)によれば、もっとも卑しむべき経済行為です。
ユニバーサルデザインの発祥国である米国において金融ユニバーサルデザイン原則が浸透していれば、CDO(債務担保証券)などに証券化されて世界中に販売され、原資産の返済不能から世界金融危機を引き起こすことになったサブプライムローンも、販売時点で抑制できました。証券化された金融商品の仕組みが複雑で、数百ページにもなる商品を解説した目論見書の内容は、プロでも理解できるものでなかったといわれています。複雑で難解な金融商品は、金融の闇を作り出し、詐欺と倫理の欠如(モラルハザード)の温床となったのです。
この簡単性の原則は、金融ハードウェアーに対しても、重要な原則です。
インターネットを始めとする通信技術の発展やデジタル化の進展とともに、これらの有形金融行為手段は、多面的な取引を可能とする高度な機能を備え、高速化・効率化・小型化して便利性を高めましたが、他方では、操作における精密性・複雑性・難解性も拡大しています。
ガイドラインは、「金融利用」を付け加えただけですが、金融を簡単に直感的に利用できるようにするための、重要なガイドラインとなります。
金融のソフトウェアーとハードウェアーの設計・管理・運営においても、①不必要な複雑さを避けること、②金融利用者の予想や直感的理解に一致すること、③読み書き能力・言語能力に適合させること、④情報を重要度に基づいて配置すること、⑤利用中・利用完了後も効果的な指示や事後確認(フィードバック)を提供すること、などは重要原則です。ただし④は、次の原則4の情報伝達の方法と重複するところもあります。
これ以外にとりわけ金融利用において必要となる具体的指針があるかどうかが、これからの検討課題です。
原則4:金融に関する情報を容易に理解できるように伝えること。(Perceptible Information in Financial World)
「金融デザインは、周囲の状況や金融利用者の知覚能力にかかわりなく、必要な情報を効果的に金融利用者に伝達できるものであること。」
(ガイドライン)
①異なった方法(画像、音声、触感)を用いて重要情報をくり返し提示すること。
②重要情報とそれ以外の情報を十分に区別できること。
③重要情報の「読み取りやすさ」を最大にすること。
④わかりやすい説明になるように諸要素を区別すること(言い換えると諸説明や諸指示をわかりやすく提供すること)。
⑤知覚能力に制限のある金融利用者が使う多様な技術や装置と両立すること。
「金融に関する情報」とは、金融に関係するすべての情報という意味で使用します。金融契約情報、金融リスク情報、社会的責任情報、国際的責任情報、金融行政情報、金融制度情報、金融公開情報、金融教育情報、その他金融に関係するすべての情報です。
金融契約情報とは、金融取引における契約やその仕組みの意味を容易に理解でき、判断し、的確に選択、決定できるために必要な情報と重要情報のことです。また前述したように、金融サービスや資産運用に関する金融商品には、その本質的要素としてリスクが内在化しています。金融リスク情報とは、金融取引や金融契約に内在しているリスクを容易に認知し理解でき、自分に合った適切なリスク負担の方法を選択をできるために必要な情報と重要情報のことです。金融についての多種多様な公表情報や報道情報によって金融システムは機能しています。金融犯罪情報、出版情報、新聞情報、Web情報、広告情報、選択手段情報、金融仲介機関についての情報、価格を変動させる一般の政治・経済についての情報などの公表情報です。
この原則の定義文では、「必要な情報(necessary information)」と表現されていますが、ガイドラインにおいては、「重要情報(essential information)」と表示されています。必要な情報とは、金融利用において参考になるさまざまな情報のことであり、重要情報とは、これらの必要情報のなかでも、金融利用の意思決定や判断に決定的な影響を及ぼす情報のことです。この原則は、必要な情報と重要な情報についてその伝達方法を示した原則であるといえます。
定義文では、「金融利用者の知覚能力にかかわりなく」という多面的多様性を表す文言に加えて、「周囲の状況にかかわりなく」という表現が追加されています。どのような周辺環境においても、必要な情報と重要情報が正確・確実に伝達できるようにするという趣旨でしょう。
ソフトウェアーが中心的役割をしめる金融においては、これはとても重要な原則になります。必要にして重要な金融情報を、どのような状況にあるどのような人であってもすべての人が、容易に理解できるように伝達するという原則です。少しくどくなりますが、重要な原則であるのでその具体的な意味を込めて、「金融における情報容易理解の原則」と名づけることにします。
金融ユニバーサルデザイン原則が米国に浸透していれば、証券化されて国際的に販売され返済不能から世界を震え上がらせたサブプライムローンは、最初の契約時点で抑制できました。サブプライムローンの多くに、悪質な住宅ローンブローカーなどによって虚偽の情報で契約させられたものがあるからです。住宅ローン契約にあたって金融消費者にとっての重要情報が、意図的に隠蔽されていたり、分厚く難解な契約書の中に埋没させられていたりしたのです。
原則4は、金融に関する情報をわかりやすく伝達することを求めた原則ですが、いくら伝達方法や伝達手段をわかりやすいものにしても、伝達されるべき情報そのものが複雑で難解であれば、わかりにくいことに変わりはありません。したがって原則4は、情報そのものが簡単で容易に理解できるものであることを求めた原則3を必要とします。原則3と原則4は、一体不可分な関係にあるのです。
情報公開(透明性)の促進も重要であり、どのような状況にあるどのような人であってもすべての人が、必要にして重要な金融情報に、容易に利用接近できることが必要になります。
ガイドラインはそのまま、必要にして重要な金融情報のわかりやすい伝え方の具体的指針となり得ます。情報をわかりやすく伝達するための具体的方法を列挙したものです。
金融における重要情報は、①異なった方法でくりかえし、②重要事項は十分に区別され、③読み取りやすく、④説明事項は区別して、⑤多様な知覚補助装置の機能を妨げないで、提供されるべきなのです。原則3のガイドラインの④にあった「情報の重要度に基づいた配置」も、ここに加えられる必要があると思います。
金融においては、情報そのものが主要な利用対象物であること、そしてその金融情報の範囲が広いことから、それ独自の具体的指針が必要になると思いますが、これからの検討課題です。
原則5:金融利用において失敗したとしても許容できる範囲であること。
(Tolerance for Error in Financial World)
「金融デザインは、予期しないあるいは意図しない行為がもたらす危険性や不利な結果を最小にできるものであること。」
(ガイドライン)
①最も利用されている諸要素や最も利用機会のある諸要素ほど、危険性や失敗を最小にできるように諸要素を整えること、すなわち危険性のある諸要素を除外したり、隔離したり、遮へいしたりすること。
②危険性や失敗について警告すること。
③失敗したとしても安全であること。
④警戒を必要とする作業において無意識な行為をさせないようにすること。
一般の有形商品を対象にしたユニバーサルデザイン原則において、利用における失敗とは、その利用からケガをしたり、体に損傷や傷害を受けたり、病気になったり、命をなくしたりすることをいいます。
金融利用における失敗とは、金融取引において予定外の損失や予想外の損失あるいは意図しない損失が発生することであり、そのことから予定していた事が実現できなくなったり、生活の安定が損なわれたり、人生計画が狂わされたりするなどのことです。大きな損失を抱え込んでの生活苦や生活破たん、経営破たん、夜逃げ、家族離散、自殺などに至ることも多いのです。したがって金融利用における失敗とは、経済上の損失に限らなく、そのことから起きる生活や人生、健康と命の持続性を危うくすることです。これは個人や企業レベルだけでなく、地域レベル、国民経済レベルそして世界経済レベルにおいても生じることです。悲しむべきことに、日本においてはバブル崩壊後の金融危機の際や、世界金融危機(いわゆるリーマン・ショック)において、これらのことは現実のものとなりました。
このような金融利用における失敗は、頻度も高く、重大なものになりやすいという特徴をもちます。実際にも社会問題になるほど多発してきましたし、深刻なケースになることも増えています。
なぜならこれまで繰り返し述べてきたように、金融商品や金融サービスには、リスクが内在化しており、リターンに釣られたリスク誘因性があり、日本版金融ビックバンの金融の自由化で、リスクのある複雑な金融商品が一般の金融利用者の前に満ちあふれるようになり、株式における信用取引や外国為替における証拠金取引が投機ブームや一攫千金をあおり、借り入れを奨励するキャンペーンが満ちあふれ、悪質な金融機関や金融詐欺師の参入も続いたからです。
原則5は、金融利用において、予想外のことや意図しないことあるいは不用意なことなどで、このような失敗にならないようにすること、たとえ失敗したとしても軽微にとどまり、すみやかに回復できるものであること、そしてそれが重大なことにならないようにすることを求めた原則です。少し長くなりますが、「金融における失敗許容範囲の原則」と名づけることにします。
ここでいう失敗許容範囲の原則とは、金融ビックバンの無責任な推進論者のいうような、リスク管理における「自己責任の原則」ではありません。それとはまったく正反対に位置するリスク管理原則です。「自己責任」論者は、多面的多様性を無視し、複雑で難解な金融を野放しにしておきながら、金融をわからないことの責任を一般の金融消費者や情報弱者に転嫁しようとしたからです。
失敗の事前予防ということでは、金融商品取引法と改正金融商品販売法において、リスクやリスク要因それに金融商品の仕組みについてのわかりやすい説明とそれを平易に記載した書面交付を義務づけたことは、金融利用者がリスクを理解しそれを許容範囲に抑えることができるようにするためにも重要です。不招請勧誘禁止も欠かせないことです。
適合性原則で示したように、金融機関が、顧客の利用目的と財産の状態を考慮し、収入や資産と比較してリスクが過大になる取引を制限することは必要です。リスク金融商品の取引については、顧客の余裕資金の範囲内に抑制するよう徹底することは、とりわけ重要になります。
それゆえ適合性原則のところで述べたように、この原則5は、それ以前の原則2、原則3、原則4と一体不可分な関係にあるのです。
失敗につながる過大な取引量をあらかじめ制限することも重要になります。証拠金取引や信用取引のレバレッジ比率(預けた現金とそれによって可能となる取引額との倍率)は、制限が設けられました。2006年成立の改正貸金業法では、総量規制が導入され返済能力をこえる貸し付けが禁止されました。ただし、富裕層と貧困層の経済格差・所得格差の拡大と貧困層の増大という根本問題の改善と、公的な生活保障原則の拡充がなければ、これらの措置は、生活困窮者をヤミ金の餌食にするだけになります。
金融だけでは解決し得ない社会問題は多く、金融の限界をふまえることは重要です。
失敗からのすみやかな回復には、契約してから一定の期間内なら、違約金無しで契約を解除できるクーリングオフ制度の適用範囲の拡大と充実が欠かせません。また早期にそして迅速に金融トラブルを解決できる裁判外紛争解決制度(ADR)は必要です。英国のような、金融機関が運営費用を負担し、損害賠償命令権限をもった中立・公正な第三者機関(金融オンブズマンサービス:FOS)の創設は急務です。日本の業界が運営するADRは苦情を受け付けるだけで、ほとんど機能していないのが現状なのです。
しかし、2009年6月に金融商品取引法の一部改正により、金融分野における指定紛争解決機関制度(金融ADR法)が成立したことは、業界横断型の単一ADR制度ではないという限界はあるものの、一歩前進でありました。これは、苦情処理・紛争解決手続きを中立・公正に実施する機関を指定し、金融機関に対してその機関との間で紛争解決手続きの応諾、資料提出、解決案の尊重などの契約締結を義務づけるものです。
金融における失敗の予防とそれからのすみやかな回復には、社会的な啓もう活動と社会的セーフティーネット(安全網)も必要になるので、それらの拡大と充実は必要です。
ガイドラインは、リスクがないことを前提としている有形商品を対象にして作成されたものです。したがってリスクのある無形的性格の金融商品や金融サービスにどこまで適用可能であるのか、検討すべき余地は大きいです。ただし①危険性のある諸要素の除外・隔離・遮へい、②危険性や失敗の警告、③失敗したとしても安全である、④無意識な行為をさせないようにすること、などの基本理念は共通します。
原則6:金融利用において身体的負担が少ないこと。
(Low Physical Effort in Financial World)
「金融デザインは、効率的に、快適に、そして最小の疲労で利用できるものであること。」
(ガイドライン)
①金融利用者が自然な体勢を保持できること。
②無理のない力で操作できること。
③行為のくり返しを最小限にとどめること。
④持続のための身体的負担を最小にすること。
この原則は、金融利用における身体的負担についての軽減を求めたものであり、身体的負担をともなう金融利用行為について適用されます。「金融における身体的負担軽減の原則」と名づけておくことにします。
これは主として、金融における動産的ハードウェアーについての利用原則となりますが、金融においてはソフトウェアーも大きな役割をしめるので、それについても適用されるものとなると思います。前述したように、通信技術やデジタル化の進展とともに、パソコンやインターネット端末そしてATM端末(現金自動支払装置)を使っての取引は多くの操作や作用を可能にしましたが、他方ではますます精密性・複雑性・難解性を増して身体的負担を強めるものとなったからです。
またこれも前述したように、小さな文字で読みづらく、特殊な専門用語を使用した契約書や約款、難しいグラフや数式を並べたような説明書は、利用者に無用の身体的負担をかけるのです。
ガイドラインは手直しすることなく、そのまま金融利用における身体的負担軽減のわかりやすい具体的指針として通用します。ただし金融操作装置などの有形金融行為手段の利用に固有のガイドラインが必要かどうかについての検討も必要です。
原則7:金融利用のための接近および金融利用に適した大きさと空間があること。
(Size and Space for Approach and Use in Financial World)
「金融利用者の体格、姿勢、移動能力にかかわりなく、近づいたり、届いたり、操作したり、使用したりするのに適切な大きさと空間が提供されていること。」
(ガイドライン)
①座っていようと立っていようと金融利用者が重要諸要素をはっきり視認できること。
②座っていようと立っていようと金融利用者がすべての諸部分に楽々と手を伸ばせること。
③手の大きさや握力のさまざまな違いにも適合できること。
④介助装置を使ったり人的介助を受けるのに十分な空間があること。
この原則は主に、金融機関の店舗やATM店舗などの不動産的ハードウエアーに適用されるものです。高齢者、障がい者、車椅子や電動車椅子の利用者をふくめ、どのような状況にある誰でもが、これらの金融ハードウェアーを容易に利用できるようにすることです。
ガイドラインは手直しすることなく、そのまま金融ハードウェアーの利用における大きさと空間についてのわかりやすい具体的指針として通用すると思います。
(金融ユニバーサルデザイン7原則の簡略名:試案)
これまで述べてきた金融ユニバーサルデザイン7原則の簡略名をまとめておきます。これらの名称でわかりやすいものになるでしょうか。
(1)金融における公平性の原則
―金融利用は誰にでも公平であること。
(2)金融における適合性の原則
―金融利用において柔軟性があること。
(3)金融における簡単性の原則
―金融は簡単にそして直感的に利用できること。
(4)金融における情報容易理解の原則
―金融に関する情報を容易に理解できるように伝えること。
(5)金融における失敗許容範囲の原則
―金融利用において失敗したとしても許容できる範囲であること。
(6)金融における身体的負担軽減の原則
―金融利用において身体的負担が少ないこと。
(7)金融利用に適した大きさと空間の原則
―金融利用のための接近および金融利用に適した大きさと空間があること。
(2015年3月30日執筆)