このたび、紀国が執筆した「第1次世界大戦後ドイツのハイパー・インフレーション(1)―大規模な貨幣破産・財政破産の発生要因についての解明―」を、高知大学経済学会『高知論叢』第123号、2022年10月に投稿しましたが、高知大学経済学会の現運営委員長から「図表も文字数に含めろ」との強い指示で、三分割して公表せざるを得なくなりました。三分割だと発表完了が来年の10月となり、実に一年遅れとなってしまいます。これでは研究発表になりません。
このためこの機会に、本Webサイトに、紀国セルフ・アーカイブ「公共性研究」ページを開設し、そこで紀国執筆論文の事前公開をすることにしました。
ご関心のある方は、この「公共性研究」ページから、本論文のPDFファイルをダウンロードしていただくことができます。
ご意見のある方は、投稿ページ(意見交流)にてご意見を賜れば幸いです。
本論文の構成は次のとおりです。
はじめに
第1章 ハイパー・インフレーションの発生と展開
ハイパー・インフレーションの発生と展開過程
第2章 ハイパー・インフレーションの発生要因についての諸説の検討
ドイツ政府、ライヒスバンクなどとチュローニ氏の見解の相違
マルク紙券の発行を続けた財政金融政策が基本要因とのチュローニ氏の見解
チュローニ氏の見解と貨幣数量説(数量増加減価論)
チュローニ氏を批判しつつ基本は継承した吉野俊彦氏の見解
吉野俊彦氏の見解と貨幣数量説(数量増加減価論)
チュローニ氏と吉野俊彦氏の研究成果の継承と問題点
大内兵衛氏の調査研究をふまえての問題点の克服
第3章 ハイパー・インフレーションの発生要因についての紀国の見解
おわりに
注記
参考文献
付表(第2章の参考統計データ、第3章の参考統計データ)
このようなテーマをとりあげた意義と論文概容を、本論文の「はじめに」で、次のように述べております。
本論文は、第1次世界大戦後ドイツのハイパー・インフレーションの発生要因を考察したものである。
本論文の意義と課題は、次の五つである。
一つは、高度な公共財の崩壊の実際の状況を、人類の歴史的な経験をもとに明らかにすることである。
多くの人間が利用する貨幣と財政は、共同利用という側面からみてきわめて高度な公共財である。これを持続的に管理する共同制御がうまくいけば、それがもたらす共同利益は大きい。しかし、その持続的管理と制御の失敗である国家破産が発生すれば、それによる共同損失の範囲は広く、その規模も甚大なものとなる。このことを、現実に発生した第1次世界大戦後ドイツのハイパー・インフレーションという歴史的経験をもとに、検証してみたいのである。
二つめは、ハイパー・インフレーションは、特殊な要因で発生したのでなく、いつでもどこでも容易に発生するものであることを、第1次世界大戦ドイツのハイパー・インフレーションの歴史的経験と材料をもとに、明らかにしてみることである。
三つめに、第1次世界大戦後ドイツのハイパー・インフレーションを取り上げたのは、これに関して信頼できる正確なデータが残っているからである。こデータを利用することによって、より真実に近いところで、インフレーションの実状と発生要因を解明できるのである。
第1次世界大戦後のドイツでは、連合国賠償委員会の命令で統計の整備と公表が命じられていた。この措置によって信頼できる正確なデータが残されたのである。これまで歴史上何度もハイパー・インフレーションを発生させてきたロシアやハンガリーさらに途上国では、統計データの入手が困難であるうえ正確度で問題点も多い。しかし当時のドイツについては、上記の措置により、きわめて信頼度の高いデータを利用できるのである。
またこのような事情から、当時のドイツでは、口コミや伝聞情報だけでなく、正確な公表情報にもとづいて、裁定取引(不利な取引から有利な取引に資金を移す取引)が行われていたと推測できる。このことによって貨幣減価もかなり正確な数値情報にもとづいて発生していたであろうと考えられる。なお重要なデータは、本論文の末尾に付表として残しておくことにした。今後この問題を議論したり、研究を深めるための基礎データとして役立つであろうからである。
四つめに、ハイパー・インフレーションは、貨幣数量説論者がいうように、貨幣数量の増加が直接的に引き起こしたものでないことを明らかにすることである。
五つめは、アベノミクス国家破産がハイパー・インフレーションを招くであろうことを明らかにすることである。これについてはすでに、拙稿の紀国正典「アベノミクス国家破産(1)―貨幣破産・財政破産―」において実証と分析を試みたが、これをさらに歴史的な経験をふまえて確認してみたいのである。
ただし安部晋三氏は、選挙遊説中の2022年7月8日に、悪質宗教団体(世界平和統一家庭連合:旧統一教会)に深く関与していたことによる銃撃で亡くなった。これによって、アベノミクスの影響力は低減するかもしれない。しかし、アベノミクスを信奉し積極財政を主張する人たちの影響力はいまだに強大である。またアベノミクスの残した負の遺産は、容易に処理できないほど巨大なものであり、アベノミクス国家破産の恐れがなくなったわけではない。
以下、第1章の「ハイパー・インフレーションの発生と展開」では、第1次世界大戦後ドイツのハイパー・インフレーションの発生と展開過程を、財政金融関係のデータと政治・国際関係の出来事を簡潔に紹介することで、概観してみる。
第2章の「ハイパー・インフレーションの発生要因についての諸説の検討」においては、ドイツのハイパー・インフレーションについての3人の論者の研究成果を紹介しつつ検討する。C.B.チュローニ氏、吉野俊彦氏、大内兵衛氏の3人である。
チュローニ氏は、1931年にドイツ・インフレーションについての著書をイタリアで刊行し、これはその後1937年にM.E.Sayersによって英訳されたが、「ドイツ・インフレーションについての定本」との高い評価を得たのである。氏は当時、ミラノ大学・カイロ大学教授にあって、1920年から29年に至る間は連合国賠償委員会ベルリン駐在委員、ドイツ輸出統制局長官などの要職を歴任し、世界史上未曾有のハイパー・インフレーションの実際を現場でまじかに見聞できた学者である。
吉野俊彦氏は、大平洋戦争末期に日本銀行調査局に在籍していたとき、時の政府からドイツインフレーションについての調査依頼を受け、優れた調査結果を残していたのであった。
大内兵衛氏は、東京帝国大学経済学部助教授(財政学講座)にあったとき森戸助教授筆禍事件に連座して失職し、大原社会問題研究所の嘱託となったが、1921年2月にドイツに留学し、当時のドイツについて調査研究する機会に恵まれた。この成果が大原社会問題研究所の研究調査パンフレット第1号として残っていたのであった。
またこの章では、貨幣数量説(数量増加減価論)についても、批判的に考察する。
第3章の「ハイパー・インフレーションの発生要因についての紀国の見解」では、3人の論者の研究成果の検討をふまえ、筆者の見解を明らかにする。「おわりに」では、本論文のまとめをおこなうとともに、今後の研究課題を提起する。
以上です。
ご笑覧いただければ幸いです。